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京都地方裁判所 昭和38年(レ)58号 判決

控訴人(原告)

山森いち

代理人

有井茂次

被控訴人(被告)

田谷絹枝

松本辰夫

右両名代理人

山口貞夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等は、控訴人に対し、別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)を明渡し、かつ連帯して昭和三六年一一月一日から、右明渡ずみまで、一ケ月金二、〇〇〇円の割合の金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は、主文同旨の判決を求めた。≪以下省略≫

理由

本件家屋は、もと訴外宮川某の所有であつたところ、原告が、昭和三一年一一月一日、これを買受けて所有権を取得し、同三二年五月一〇日、その所有権取得登記を経るとともに、賃貸人たる地位を承継したこと、当時の賃借人訴外狩野弥三郎(以下、単に狩野という)が昭和三六年一〇月五日に死亡したこと、現在被控訴人等が本件家屋に居住していることは、当事者間に争がない。

控訴人は、「控訴人は、昭和三四年十一月四日、賃借人狩野との間に、同三六年十二月末日を期限とする、期限付合意解約をするとともに、右期限までに賃借人死亡のときは、賃貸借契約は終了する旨の特約(この特約の性質は停止条件付合意解約であると解される)をした」と主張する。

よつて、控訴人主張の期限付合意解約および停止条件付合意解約の成立の有無について判断する。

家屋賃貸借の期限付または停止条件付合意解約は、その合意の性質より考えて、賃借人が、期限到来または条件成就により、ただちに家屋を明渡す意思を有していた事実が明らかでない限り、その成立をたやすく認定することはできない。

当審証人山森生夫の証言によれば、控訴人の長男である同証人は、六十嵐代書人に、控訴人宛の誓約書と題する書面(甲第一号証)を作成させた上、昭和三四年十一月六日、本件家屋において狩野に対し、右書面に署名捺印を求め、狩野が、これに署名捺印したことが認められ、右甲第一号証には、控訴人主張の期限付および停止条件付合意解約の趣旨が記載されている。

しかし、<右甲第一号証、その他の証拠>によれば、被控訴人田谷は、昭和二九年一二月順、狩野と婚姻するため、同人がすでに宮川某から賃借し居住していた本件家屋に、子である被控訴人松本と共に入居し、婚姻の届出こそしなかつたが事実上夫婦と子として共同生活を営み、狩野および被控訴人等は、本件家屋に織機を二台備えつけて、織物業により生計を立て、甲第一号証署名当時、狩野および被控訴人等が本件家屋を明渡した場合の移転先の見通しがついていなかつたこと、狩野は、明治二〇年一月一九日生れで、甲第一号証署名当時、老年のため、視力も理解力も相当衰えていたこと、山森生夫は、狩野に対し、甲第一号証に署名を求めたとき、甲第一号証を読聞かしたが、「二年先の期限(昭和三六年十二月末日)が来た時又話合をしよう」と述べたこと、甲第一号証には、控訴人主張の期限付および停止条件付合意解約の趣旨の記載の外、「本件家屋は私居住の目的でお借りしておりますので居住の外の用途に使用することは致しません」との記載条項があるが、右条項も、織機二台を備付け、本件家屋を織物業の作業場として使用としていた狩野にとつて、到底承認できないものであること、以上のことが認められ、狩野は、甲第一号証の記載内容を理解せず、控訴人主張の期限付および停止条件付合意解約締結の意思なくして、甲第一号証に署名捺印したものと認めるのが相当である。

よつて、甲第一号証によつては、控訴人主張の期限付および停止条件付合意解約の成立を認めることはできない。

<証拠>中、控訴人主張の期限付および条件付合意解約成立に符合する部分は信用できず、他に右成立を認めるにたる証拠はない。

そうだとすれば、本件賃貸借は狩野の死亡又は昭和三六年一二月末日をもつては終了しない。

<証拠>によれば、狩野の相続人は、長女西村春子、次女藪田やす子の二人であることが認められるから、本件賃貸借契約終了原因が認められない以上、控訴人と狩野との間の賃貸借契約は、右相続人等による賃借権の相続により存続しているものということができる。<証拠>によれば、右相続人両名は、狩野の死亡当時すでに嫁いで本件家屋に居住していなかつたこと、狩野死亡後被控訴人等が引続き本件家屋に居住していることを承認していることが認められる。

本件のように、家屋賃借人の内縁の妻およびその子が、賃借人の死後も引き続き家屋に居住する場合、賃借人の相続人においてこれを承認しているとき、それらの者は、家屋の居住につき、相続人の賃借権を援用して賃貸人に対抗できると解するのが相当である。

従つて、被控訴人等主張の共同相続人の賃借権援用の抗弁は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の請求は失当である。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小西 勝 石田恒良 堀口武彦)

目録≪省略≫

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